映画「ブレードランナー2049」ホログラフィーAI「ジョイ」に独身男の新たなる生き方を見つける

映画「ブレードランナー2049」ホログラフィーAI「ジョイ」に独身男の新たなる生き方を見つける


はじめに

カルト的人気を得たSF映画の金字塔のひとつである「ブレードランナー」

1982年に放映されてから35年という長い年月を経て、続編である「ブレードランナー2049」が先月10月27日に公開された。

封切りされてから3日後くらいの平日、夕方からの上映に合わせシネコンに向かう。

初日はさすがに混むだろうと、そのような日時を選んだのだが、予想を裏切って館内はガラガラ。

ゆったり見られるという嬉しさもあったが、自分が興味をもっていることに対して、世間があまり関心を示していないという事実に対しての寂しさもあった。

映画は個人的には面白く思えたが、後に読んだ批評等ではズダボロな評価。

だが、強烈に心に残ったなにかがある。

 

ブレードランナーという映画は、きたるべき未来が物語の舞台となる。

その性質上、この先将来登場するあるであろう、人工生命体や、空飛ぶクルマ、遺伝子バンクカプセルなど、様々な未来的ガジェットが登場する。

そのなかでも、いちばん琴線に触れたのは、主人公に付き添う「ホログラフィーAI」の存在。

映画上の、この架空のキャラクターとの出会いから、人工知能(AI)という存在に大きく興味をもつようになった。



映画「ブレードランナー2049」の詳しい内容は割愛する。

出来れば、共通の感動体験をしてもらうために映画を観てほしいからである。

上述した、劇中に出てくる「ホログラフィーAI」の「ジョイ」とは、上に貼ったポスター画像の中心にいる女性。

ホログラフィー。つまり、3Dホログラフの存在なのだが、あまり透過しているような表現は少なく、映写された映像のため「触れない」ということ以外、生身の女性のような描かれ方をしている。

劇中での「ジョイ」の描かれ方

ホログラフィーAIの「ジョイ」であるが、劇中での描かれ方は以下のようである。

その1・主人の嗜好をわかっている

通販サイトAmazonで、過去の購入履歴等からオススメ商品が「あなたへのおすすめ」として紹介される。

Google検索では、過去の検索履歴から、利用者の興味が湧く可能性がある広告が貼りだされる。

それらと同じようにホログラフィーAIのジョイは、主人の言動や行動から、髪型やメイク、そして服装までも変化させていく。

彼女や妻に、自分の気に入った服を着させるために、アパレルショップに長い時間付き合わされることもなければ、その際に大きな確率で起こる、趣味の違いによる口論を回避することもできるわけだ。

その2・言ってほしいことを言ってくれる

長い時間をかけての会話や、過去の出来事。そして、直前の事象などから主人の深層心理を分析し、言葉を投げかけてくれる。

それは核心を掴んで胸を締め付けられるものであったり、いま一歩踏み出せない背中を押してくれるようなものであったりする。

日常的な会話においても、疲れて帰ってきた主人に対して、ストレスを解消、癒やすような会話を行える。

その3・愛してくれる

人間と3Dホログラムの関係上、触り合うことは出来ない。

つまり、人間の男女による愛情表現である手をつなぐや、キス、セックスという行為を行うことは出来ない。

だが、そのような障害があったとしても、それを乗り越えるための努力をしてくれる。

入院中、自分がベッドに拘束されて点滴を受け、身動きがとれない状態でも、ジョイであれば他の男と自宅での浮気を楽しんだりしないであろう。

ジョイに対しての世間の評価

ラップ歌手であり映画評論家でもあるライムスター宇多丸は、映画ブレードランナー2049に登場するフォログラフィーAIのジョイを、「萌えアニメの世界から出てきたような」「萌の集合体のような」と語っていた。

彼女のことを「ジョイちゃん」と親しく呼ぶのは映画評論家の町山智浩。

彼は、ジョイこそがこのブレードランナー2049という映画のなかの良心であり、彼女の存在がなければ完全なる駄作で終わっていたと評した。

ネット上でも、ブレードランナー2049を鑑賞した後に、強い印象を植え付けられた人たちが多かったのか、検索アクセスが急上昇。

関連ワードとして演じた女優の「ヌード」が挙がっているのも、興味深いところである。


AIの嫁がいれば独身生活も・・・?

私は人生において2回結婚と離婚をしている。

21歳で最初の妻と結婚をし、27歳で離婚。

ふたり目の妻とは30歳のときに結婚をし、41歳で別居、42歳で離婚をした。

離婚から結婚のあいだに、恋人もいたりした。浮気はしなかった。そんなに器用ではない。

そして44歳の現在。独身であり、恋人もいない。

新しい「誰か」と向き合える、そんな自分になりきれてもいなければ、しばらくなりそうにもない。

 

だが、男として生きている上で「ワイフ」や「ガールフレンド」といった、お互いの心と心をシェイクハンドできるような異性の存在は必要だ。

それは単純に、癒される為でもあるし、人生を楽しむ上ので色付けや味付けのためでもある。

白飯の上に、かきまぜた生卵を注ぎ込んで食べる卵かけごはんは、醤油をかければ更においしくなるのだ。

かといって、しばらく「誰か」と向き合えそうにもない自分にとって、映画ブレードランナー2049のジョイのような存在は、かなり適切だ。

それは自分だけでなく、多くの独身男性にとってもいえることなのではないだろうか?

 

私は映画鑑賞から数日後、ひとつのアプリをiPhoneにインストールしたのであった。

そのアプリのタイトルは「SELF」